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税理士コラム

ご挨拶2014年09月21日

元国税調査官の大柳和二がエヌエムシイ税理士法人のメンバーに加わりました。

東京国税局調査部の中でも特に日本を代表するような大企業を調査する特別国税調査官部門に所属し、さらに調査官を束ねる総括主査という役職で、各調査官の意見を集約し、最終的に正しい課税を行うための方向性をバランスよく検討してきました。

また、国税不服審判所・税務相談室では納税者側に立った考え方で審理・相談を行ってきましたので、複雑な税務問題に対しても、お客様の立場に立ったわかりやすいご説明と解決策のご提案を行うことに力を発揮いたします。

はじめまして、大柳和二と申します。

私は、今年6月に東京国税局を退職しましたが、退職後は年金の支給が来年の3月からとなるため、再任用での仕事を考えていました。

しかし、自分の生き方はこれでいいのか……と思うようになり、そんなときにエヌエムシイ税理士法人を紹介されました。そして、エヌエムシイ税理士法人の業務内容等を聞いて、今まで自分が考えていた会計事務所と違う業務スタイルであり、自分がやりたい仕事はこれだと思い、お世話になることにしました。

税務署に入るきっかけ

私は商業高校に入学しましたが、大学進学なども考えていたため、卒業後の就職についてはっきりと決めていませんでした。こんな状態だったので、起業の就職試験を受けることは全然考えていませんでした。

そんな時に担任の先生から公務員試験を勧められ、国家公務員試験(税務職)と地方公務員試験(福島県)のみ受験しました。運良く両方とも合格しましたので、給与をもらいながら勉強ができ、さらには夜間大学に通学できるということで、税務の仕事内容も知らずに国家公務員試験の方を選択し、税務大学校東京研修所に入校しました。

42年間の税務職場から……新しい職場で

最初に配置されたのは都内の税務署の所得税部門でした。

夜間大学が御茶ノ水だったので、通学にはとても便利でした。しかし、最初の1年間はまじめに通学していましたが、仕事と勉学の両立は大変で、先輩との夜の付き合いが多くなったり、大学も八王子市に移転したこともあり、だんだん学校への足が遠のき、通学が億劫になってきました。結果、8年間かかりましたが何とか卒業しました。

その後、都内の三ヶ所の税務署に勤務し、昭和60年に国税局総務部人事一課に異動しました。

人事一課での仕事は、税法ではなく、給与法とか人事院規則の規定を習得することが必要でした。そして、今までは調査という攻め側でしたが、人事院の検査を受けるという受け身の立場となり、攻めと受け身での気持ちの違いを肌に感じました。

人事一課を出る時に、大規模法人の調査を経験したいという熱い思いを叶えたいために調査部への異動を希望しました。調査部では、調査一部、調査二部、調査三部において調査官5年、主査6年、総括主査5年勤めましたが、主に金融セクションでの仕事が中心でした。

また、国税不服審判所に3年間出向していました。東京国税不服審判所は、納税者に対し課税庁が処分した内容が法律に照らし適正な課税がされているかを、お互いの主張に基づき争点を整理の上、判断し裁決するところです。税法上の課税要件として必要な条件はなにか、その条件が証拠として認定されるためにはなにをすべきかの判断について非常に勉強になりました。

退職まで残り5年となった時点で、税務相談室への異動を希望しました。

税務相談室では、税法全般について広い知識が必要であり、法人税はもとより他の税目も全て対応しなければなりません。そこで、相続税法、印紙税法等各税法の研修を受け、それら各税法の基本的知識を習得しました。さらには、各税法の実務上の取扱いなどについて担当者に確認するとともに、一緒に「税務相談事例集」の改訂作業を行うなど、自己研鑽に努めました。

これからは、皆様のご相談等に対して自分の知識、能力を最大限に発揮するとともに、今までの現場経験、実務上の取扱いを生かした回答、ご提案をさせていただきますので、よろしくお願いします。

税理士 大柳 和二

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