心に沁みる遺言と付言事項
2017年11月01日
税理士 黒崎 俊夫(文例)
私Aは次の通り遺言します。
(中略)
お父さんはたぶん遠くない将来、旅立つことになろう。
今こうして自分の人生を振り返ってみると、妻B、息子C、娘Dに囲まれて、幸福な人生を送ることができたと心からそう思う。目を閉じると様々な光景が脳裏をよぎる。家族とともに生きてきた数十年の様々の記憶が、かけがえのない美しい思い出に変わるのを感じる。
30歳の時、お父さんはそれまで勤めていた会社を辞めて、今の甲社を立ち上げた。当初は思うように売上が伸びず、本当に大変だった。妻のBは、私の片腕となって甲社を切り盛りしてくれただけでなく、父や母の看病もあって大変だっただろうが、嫌な顔一つせずによくついてきてくれた。本当に感謝している。ありがとう。今までちゃんと感謝の気持ちを伝えられないでいたことを許して欲しい。
Cが本当は別の道に進みたかったことをお父さんは知っている。私の気持ちを汲んでくれたのだろう。甲社を引き継いでくれ、今では私の期待以上に会社を大きくしてくれた。遺産の甲社株式を全部Cに相続させたのは、甲社の社長として責任をもって、ますます会社のため従業員のために尽力して欲しいという私の勝手な願いからだが、Cのことだから言わなくても理解してくれているだろう。
あと、お母さんのことよろしく頼む。苦労をかけたお母さんには私が逝った後、幸福な余生を送らせてやりたい。残せた預金はわずかだが、経済的にも精神的にもお母さんには不自由をかけることなく優雅に生きてほしい。
Eちゃん(Cの妻)は思いやりのある優しい人だから安心しているが、くれぐれも頼みます。
Dはひとり娘で少し甘やかしすぎたと反省している。が、お父さんが精神的に窮していた時、何よりも救いになったのがDの明るい笑顔だった。女性らしく成長する姿が、仕事への原動力となり心の支えであった。
F君(Dの夫)は素晴らしい人だ。F君のような人を伴侶とするDは幸福だ。お父さんは安心している。
Gちゃん(Dの子、Aの孫)も、とても賢くて頼もしい。この前Gちゃんは、将来お医者さんになりたいと言っていた。昨年「教育資金の一括贈与」という贈与税の規定を使って、Gちゃん名義の口座を作成し1500万円入金してある。Gちゃんが将来医学部に入ったら、そのお金を入学金の一部にでも使って欲しい。そして、その時Gちゃんに「このお金は亡くなったおじいちゃんが出してくれたのよ」とでも伝えてくれたらとてもうれしい。
この遺言は、お父さんの逝った後のBの生活と、会社のことを第一に考えて作成したから、Dには少し不満があるかもしれないが、わかって欲しい。
最後にもう一度言わせてもらう。皆のお陰でお父さんは幸福な人生を送ることができた。ほんとうにありがとう。お医者さんによればお父さんの寿命はあと3カ月とのことだが、今逝っても全然悔いはない。そして、皆の幸福と、孫たちの健やかな成長を天国から楽しみに見守っています。
Aより
遺言は自分の死後の財産の帰属先についての個人の希望を表明したものだが、遺留分に配意して作成しないと、遺留分の減殺請求をされる場合がある。とはいっても、個人の思いや財産の性質から民法の規定に沿った分割することはまずできない。
遺言には財産の承継の仕方(法定事項)のみを書けば事は足りるのだが、何を書いても自由である。上記に掲げたのは単なる私の思い付きの駄文だが、「付言事項」と言って、財産の帰属を定めた理由や、感謝、希望など、家族に対する気持ちを遺言に盛り込む法定外の事項である。(中略)の部分に具体的財産帰属事項が記載されているものと思って下さい。
せっかく遺言を作成するなら今まで口に出して伝えられなかった思いを付言として、紙に残したい。遺言内容に多少不満な相続人もそれを読んで納得するかもしれないという効果もあるが、それは副次的なことに過ぎない。
「付言なくして遺言なし」とも言われる。付言事項はそれまで言えなかった自分の思いを家族に伝える最後のチャンスである。
心に沁みる付言事項を綴った遺言は家族に対する最初で最後のラブレターとも言われる所以でもある。
元国税調査官・税理士 黒崎 俊夫