事業承継と将棋
2017年10月01日
税理士 黒崎 俊夫 藤井聡太四段の快進撃と元名人加藤一二三のキャラクターが受けて、将棋がちょっとしたブームになっているようだ。藤井の勝負飯は何とかだとか言って、出前の注文から調理、配達までの一部始終をドキュメンタリータッチで描くテレビには驚いた。新宿のK書店でも、以前は売り場の隅の隅に申し訳程度に置かれていて探すのに苦労した「将棋世界」という月刊誌も、昨日などはなんと店の中央、文芸春秋の横を堂々と陣取る力強さは、将棋愛好家の一人として少々誇らしい。私はその将棋世界を50年前から買い続けていて、捨てるに捨てられず自宅の押し入れは将棋世界で一杯である。もし、欲しい方があれば差し上げますので弊社までご連絡ください。
6年前に国税の職場を離職するにあたり、仕事上の未練など全くなかったが、唯一あるとすれば所属していた国税局の将棋部で毎回出場している職団戦という全国大会に今後出られなくなることであった。
閑話休題、事業承継対策と将棋には通じるところがある。
- どのような手順で後継者に経営と株式を承継させるか、この相手にはどの戦法が有効か。
- 子供はまだ小さいから株式を毎年少しずつ贈与していこう。戦いはまだ先だから今のうちに王様を穴熊にでも囲ってじっくりいこう。
- 株価の低い今、株式を一機に贈与しよう。そのために今払う贈与税は、将来の相続税より少なくて済む計算だ。読み筋とおりに行けば桂馬打ちが決め手になりそうだから、飛車を犠牲にして将来のため桂馬を手に入れよう。
- 数年後の自分の勇退をイメージして対策を立てる。20手先の王様の詰み形を想定して局面を誘導しよう。
ほぼこじつけであるが、特定のゴールを目指すという意味では考え方に共通点はあろう。
その事業承継対策の中で現在主要な位置を占めつつあるのが平成21年よりスタートした「株式の納税猶予制度」である。
上表は納税猶予適用の前提となる中小企業庁における経営承継円滑化法の認定件数である。特に贈与は、平成27・28年度の数値は平成26年の5~6倍の伸びを示し、この中には私の手がけた3件もカウントされているはずなのだが、ようやくこの制度も定着した感がある。
この増加は役員退任要件の緩和と雇用8割維持要件の一部緩和が大きく寄与していると考えるが、本年より相続時精算課税制度との併用も可能となり、さらなる増加が見込まれる。
ただ、経営者にとって実行を躊躇させる大きな理由に「雇用8割維持要件」がある。認定後5年間は雇用数の平均が贈与(相続)時の8割を下回ってはいけないという規定で、期間は限定されるものの、従業員数20人企業だと5人退職されると猶予が取り消され、莫大な税負担が生じる。円滑化法は雇用の確保をその目的の一つとしているので、それを要件とするのは理解できるが、病気や結婚出産、転職、家庭の事情など自己都合で辞職する者もいるだろう。その穴埋めに新規の社員を募集しても人が集まらないのが中小企業の現実である。
企業にとって予測困難な事由で猶予が取り消されてしまうことは酷である。自己都合退職者は会社都合退職者の2倍という調査もある。是非、雇用維持要件の条件から自己都合退職者を除く規定を織り込んでほしい。
藤井四段の将棋を解説するある棋士が「藤井君の思い描く20手先の盤面の風景は、通常の棋士と違うのかもしれない」とテレビでコメントしていた。含蓄のある表現だと思う。
中学生の頃、加藤一二三の将棋の本を読んでいて「疑問点があったら往復葉書で問い合わせてくれ」とあったので、私は「加藤先生の本にはこの局面でAという指し手が有効とあったが、Bと指されたらどうするのか」みたいなたぶん初歩的な質問であったろうが書いて出したら、後日加藤本人の字で葉書一杯にその変化手順が克明に記された返信が届いた。藤井のようなほとばしる才能には縁がなかったが、たわいもない質問にも誠実に対応する加藤の姿勢が今の自分に生かされていればいいのだが……。
元国税調査官・税理士 黒崎 俊夫