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税理士コラム

成功者になるための法則その3-4~人間として生まれてきた縁~2019年04月16日

 シリーズ「成功の法則」ですが、ここ数回は「人間関係」をテーマにお伝えしてきました。当たり前のことですが、人はひとりで生きているわけではありません。人と人のつながりの中で、生きているのです。したがって、成功するためには人との付き合い方、つまり人間関係がとても重要になってきます。
 それでは成功するための人間関係とはどうあるべきなのでしょうか。結論から申しますと、私は「縁」を大切にするということに尽きると考えています。事業経営のみならず人生の成功はすべて「縁」に尽きるからなのです。
 だからこそ、私は「縁」というキーワードを切り口に、これまで様々なコラムを書いてきました。税理士を目指すことになった油谷先生との縁、ビジネスの心構えを教えてくださったSさんとの縁、損得勘定もなにもない人間の無償の優しさについて教えてくださった遠藤さんとの縁、そして前号の従業員との縁という風に、様々な角度から私の考える縁についてお伝えしてきました。
 ただ、これまでお伝えしてきた縁はいずれも人と人との出会いに関するものです。本稿では「縁」についての締め括りとして、これまでのように個々人の出会いといった視点ではなく、「人間として生まれてきた縁」という大きく俯瞰した観点から私の考えを記させていただきたいと思います。

なぜ人間として生まれてきたのか

 私も本稿をお読みになられているあなたも、ある日「おぎゃあ」と泣きながらこの世に誕生し、今日まで生きてきました。人生というものはカオスです。時に喜び、時に悲しみ、時に笑い、時に怒り、紆余曲折あり、人の優しさに涙し、やはり人生は美しいものだと感じ入ったかと思えば、自分の行いに臍をかんでみたり、思いもよらない事件に巻き込まれたりすることもあります。このような混沌としたままならない人生の中で、おそらく誰もが一度は「いったい何のために人間として生まれてきたのか?」といった疑問を抱いたことがあるかと思います。
 この地球上には様々な生命があふれていますが、なぜ他の生き物ではなく、人間として生まれてきたのでしょうか。実はこのこと自体が、ひとつの縁なのだと私は思っています。つまり、「人間として生まれてきた」という「縁」なのです。
 そして、私は「人間として生まれてきた縁」には、大別すると3つの役割があるのだと考えています。

命をつなぐ役割

 まず第一には、子孫を残すことです。これは人間に限らず、生き物すべてにおける本能、欲求であり、自然の摂理です。
 それでは、私たちはどのようにして誕生してきたのでしょうか。地球上の数多くいる人間の中から一組の男女が出会い、結ばれ、数億の精子の中からたったひとつの精子が卵子に辿り着き、受精し、それから子宮に着床し、無事に育ったものが人間として生まれてくるわけです。その確率たるや天文学的な数字になります。
 相手が違っていたり、受精した日が異なっていたり、そこまでいかずとも、数億の精子の中で隣の精子が卵子と結びついただけで、既に私は私ではなく、あなたはあなたではないのです。ほんのちょっと何かがズレるだけのことで、自分という人間はこの世に生を受けていなかったことになるわけです。
 さらに、自分の両親に限らず、その先のご先祖様についても同様です。このように、今を生きている私たちの命は、悠久の彼方から連綿とつらなって現在に至っているのです。
 そして、この生命のバトンタッチを絶やさずに続けていくことが、「人間として生まれてきた縁」に対するひとつの役割だと私は感じています。

社会的存在としての役割

 第二の役割は、人間であるがゆえにこそ持っている欲についてです。人間にも動物にも食欲、性欲、睡眠欲という生存のための三大欲求があります。
 しかし、人間は動物と違います。人間には「知りたい」という知的な欲求があります。これが人間の人間たるゆえんだと私は思っています。
 人間の欲求としては、マズローの5段階欲求説が有名です。人間の欲求は5段階のピラミッドのごとく構成されており、生理的な欲求や安全確保の欲求など低次の欲求を満たせば、高次の欲求へと対象が移っていくというものです。
 この5段階欲求の中で、動物にはなく、人間にだけ見られるものがあります。それが他者から承認されたいという尊厳欲求、そして、自己の能力を最大限にいかし、創造的な活動をしたり、社会に貢献したいといった自己実現の欲求なのです。
 このような能力は人間にだけ与えられた特典だと私は感じています。だからこそ、私はこの人間にだけ与えられた高次の欲求を満たすべく、日々、向上心を持って生きるべきだと思うのです。

死んだら灰になるだけ?

 ここまではよくある人生訓かも知れません。しかし、私は「人間として生まれてきた縁」に対する役割があると感じています。それは、「死後の世界のために現世を生きる」というものです。
 死生観や死後の世界といったテーマについて、様々な考えを持った方がいらっしゃることは百も承知です。「人が死んだらどうなるのか?」、つまり死後の世界については、「そもそもそんなものはない」といった方もたくさんいらっしゃいますし、「死んだらただ灰になるだけ」と仰る方もいます。わかりやすい例をあげれば、「ミスター検察」の異名を誇った元検事総長の伊藤栄樹氏は『人は死ねばゴミになる』といった著書を遺されてもいます。
 ただ、私は「人間、死んだらそれでおしまい」という風にはどうしても思えないのです。

「その先」のための現在

 一例をあげましょう。たとえば高校を卒業し、大学に進学したとします。その目的は何でしょうか。果たして卒業のためでしょうか。私は違うと思います。卒業後の社会人生活をよりよいものにするために大学に進学するのだと思います。
 つまり、本来は卒業後のために大学への進学があるのです。でも、大学1年生や2年生の頃にはそんなことは考えもしないわけです。しかし、3年生、4年生になれば、否が応でも卒業後のことを考えざるを得なくなり、急に焦って就職活動を始めるわけです。
 このように、人間の生も死ぬため(つまり卒業)のためにあるのではなく、死後(卒業後)のためにあるのではないかと私は考えています。「何を馬鹿なことを」とお感じになる方もいらっしゃるかも知れません。でも、考えてみてください。私たちは無意識に死後の世界を前提として暮らしてはいないでしょうか。

現実に反映する死後の世界

 たとえば、私たちは普段から人の死を様々な言葉で言い換えています。「あの世へ行く」「他界」「往生」「成仏」「鬼籍に入る」「逝去」「逝く」「世を去る」「不帰の客となる」「帰らぬ人となる」「土に帰る」など、実に様々な表現があります。これらの言葉はすべて死後の世界の存在を前提としています。
 他にもお彼岸、お盆のお墓参りも死後の世界があることを前提にしているのです。また、幼いころには悪いことをすると「地獄に落ちる」とか、「閻魔様に舌を抜かれる」などとよく言われたものです。このように、言語や文化、行事、風習といった私たちの身の回りに、実は死後の世界は色濃く反映されています。
 つまり、無意識的にその存在をうすうすわかっているというのが、本当のところではないかと私は感じています。その証拠に、私の知る限り、あまたある宗教で死後のことについて言及していないものはありません。むしろすべての宗教は死後のためにあるのです。そして、そういうもの、つまり死後の世界の存在が、現世での人間の行いにある種の歯止めをかけているのだと思います。
 もし、仮に現世しかなく、「人間死んだらそれでおしまい」と多くの方が心底から信じていたら、現世はやりたい放題になってしまうと思います。ただただ好きなように楽しんで、おもしろおかしく、刹那的な快楽主義に堕してしまうのではないでしょうか。
 しかし、繰り返しになりますが、ほとんどの方は無意識的に、「死んだらそれでおしまい」とは思っていないのです。だからお彼岸、お盆にはお墓参りをし、ある程度の年齢に達すれば、死を意識し始めるのです。そしてそれは、死後の世界を意識することと同じなのです。だからこそ、今までしたこともなかった神、仏に手を合わせるといったことをし始めたりもするわけです。でも、それでは遅いのだと私は思います。

人間として生まれてきた縁を大切に

 しばしばニュースなどで、ご高齢になられても改めて大学に通い始めたり、英会話など、新たな挑戦を始める方などが特集されるのを目にすることがあります。言い方は悪いですが、もう先は長くないようなご年齢にもかかわらずです。決してそこで学んだことが生きているうちに実際的に役に立たないだろうことは、誰が見ても明らかにもかかわらず、学ぶのを続ける方々がいるのです。
 私はこのような方々こそ「人間として生まれてきた縁」を大切にしている方なのだと思います。先ほどの大学の例ではありませんが、社会に出る直前になって慌てふためいて準備しても遅いのです。それと同じように、死ぬ間際になってから、「ああしておけばよかった」「こういう風に生きればよかった」などと後悔しても遅いのです。
 大学の入学と卒業と同じように、人も生まれたら、やがて死ぬのです。そして、入学したら卒業後が控えているように、死んだ後も世界は続くのです。一説によると、死ぬ間際まで自己を向上させた方は来世ではいわゆる「天才」として生まれ変わってくるとも言われています。それは生まれ変わる前からずっと努力しているのだから当たり前といえばそうかもしれません。
 若干話がそれましたが、縁あって人間としてこの世に生を受けたのですから、現世では死を迎えるその瞬間まで、努力し続け、自分を高める向上心を大切にすべきなのです。大学生が卒業後の活躍のために学生時代に研鑽を積むように、私たちも来世のために今という現世を目一杯、大切に生き、人生を全うすべきだと思います。
 それこそが今回のテーマである「人間として生まれてきた縁」を大切にいかすことなのだと私は考えています。

 創立者 野本 明伯

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